七つの教会へのメッセージ

February 16 [Sun], 2014, 23:30
 ヨハネの黙示録2章と3章は、イエス・キリストがヨハネに語った七つの教会へのメッセージが書かれている。そのうち、エペソ・ペルガモ・サルデス・ラオデキアの四つの教会には、「メタノエーソン」と命令法のアオリストで悔い改めるように説いている。テアテラの教会にも「悔い改めなければ」(黙2:22)と命令法ではないが、悔い改めを求めている。残るスミルナとフィラデルフィアには悔い改めを求める表現はなく、苦しみと迫害の中で信仰を最後まで守れるように励ましているようだ。では、スミルナとフィラデルフィア以外の五つの教会はどういう状態だったのだろうか。

 エペソの教会は、偽使徒を暴く労苦を惜しまず、忍耐強く熱心に信仰を守っていたが、初めの愛から離れていた。ペルガモの教会は、信徒の中に偶像礼拝や不品行にふけっている者がいた。テアテラの教会には、悪い女預言者がおり不品行と偶像との交わりを勧め、この女と姦淫する者もいた。サルデスの教会は、問題が無いようだが霊的に死んだ状態だった。ラオデキアの教会は、物質的には豊かだったが、霊的には貧しかった。神はこの五つの教会に悔い改めるよう説いている。命令法のアオリストは非継続性を表すため、「メタノエーソン」の場合は、一度限りの強い決断を促す表現である。

 もし悔い改めなかったらどうなると聖書は言っているか。エペソの教会には「あなたの燭台をその置かれた所から取りはずしてしまおう」と神の臨在を失うと警告している。ペルガモの教会には「わたしは、すぐにあなたのところに行き、わたしの口の剣をもって彼らと戦おう」と言い、テアテラの教会には「大きな患難の中に投げ込もう」と神が裁かれると警告する。サルデスの教会には「目をさましなさい」、ラオデキヤの教会には「あなたが冷たいか、熱いかであってほしい」と言い、いつも霊的に目をさましていることを求めている。

 七つの教会へのメッセージは、聖なる公同の教会全体へのメッセージと捉えることができるだろう。また、クリスチャン個人への警告、戒め、励ましという解釈もできるかもしれない。イエス・キリストを救い主として信じ義とされていても、長い信仰生活ではさまざまな葛藤や悩みがつきまとう。「自分は本当に救われているのか?」「神に見捨てられたのではないか?」と思うことさえあるかもしれない。十字架による完全な罪の贖いにより、義とされたクリスチャンでも、霊的に落ち込み罪を犯してしまうことはある。地上での生涯を歩むうちは、聖化は完成されていないのだから。この世のさまざまのものに心奪われ、霊的にが神から遠く離れてしまったとしても、そのたびに神に告白し良い関係を保っていくことができる。

 もう一つの現実は、私たちが集う地上の教会には真のクリスチャンと偽のクリスチャンが混在することだ。偽信徒だけではなく、偽牧師・伝道者もいる。ペルガモやテアテラの教会のように、偶像礼拝・不品行・姦淫の悪習に染まっている場合は、もともと救われていないと考えた方がいいかもしれない。その場合は、文字通り悔い改め神に立ち帰るべきだ。罪なき全き方イエス・キリストが、十字架で完全に罪を贖ってくださったのだから、それを信じる(悔い改める)ことは、何度も繰り返すようなものではなく、一度真実に悔い改め神に立ち帰れば、「子羊のいのちの書」に名前が記され、もう一つの「いのちの書」からその名を消されることはない。

神の国と悔い改め

February 06 [Thu], 2014, 17:00
動詞の現在形は、動作の継続を表すため、「メタノエオー」の命令法現在形は「悔い改め続ける」という意味になる。マタイ3:2「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」マタイ4:17「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」マルコ1:15「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」いずれも、神の国が近づいたため、悔い改めるように説いている。

この時点で神の人類救済計画はメシア到来の最終段階に入っていた。第二位格の子なる神がメシアとしてこの世に来られ、いよいよ公生涯をスタートされた。イスラエルの人々がイエスをメシアとして受け入れていたなら、この地上に神の国が成就していたかもしれない。そのためには、祭司やサドカイ人は既得権益を放棄し、パリサイ人や律法学者たちは口伝律法を捨て、悔い改める必要があった。当時の社会構造から抜け出せない指導者たちは、イエスをメシアだと認めると自分たちの生活が脅かされてしまうため、どうしてもできなかった。そのため人類救済計画の時計は、止まってしまった。

神の国が近づいたから「悔い改めなさい」と命令法が現在形で表現されているのは、神の国が到来するまで悔い改め続けなさいということかもしれない。本来ならばイエスがエルサレム入城した時に、イスラエルが民族的に悔い改めイエスをメシアとして受け入れていたら、悔い改め続ける期間は短かった。しかし父なる神の御計画は、より一層奥深く憐みに満ちたものだった。イスラエルがイエスを拒否したため、福音は異邦人に伝えられた。しかも五旬節に聖霊が下り、イエスをメシアと信じ信頼した者全員に聖霊の内住が約束された。それは個人の信者レベルで神の国が成就したといえるかもしれない。しかし、御国の預言はそこで全て成就したわけではない。やがてイエスがもう一度地上に来られ、文字通りこの地上に神の国を建て、そこで千年間王として世界を支配される。

イエスが千年王国で王座に就くためには、イスラエルが民族的にイエスをメシアとして受け入れる必要がある。そうなるために彼らは7年間の艱難時代を経なければならない。つまりイスラエル民族が究極的に悔い改めたときに初めて地上に神の国が到来する。イスラエル人が個人レベルではなく、民族レベルで悔い改め神に立ち返ること必要だ。マタイ4:17でイエスが民衆に語った「悔い改めなさい」という言葉は、遥か2千年またはそれ以上の時を見越して語られたのだろう。

終末について思いを馳せるとき、クリスチャンはどこに重きを置き祈ればいいのだろうか。艱難時代の前に携挙されるから安心だと、こころのどこかで思いがちだが、御心はそうではないはずだ。イスラエルの残れる人々が、艱難時代に救われたクリスチャンが、少しでも苦しみが和らげられますように、霊の戦いに打ち勝つことができますように、一人でも多くの魂が地上の御国で神を礼拝することができるように求めていくべきだろう。

最近、ギリシャ語の主の祈りを学んだ。
Πάτερ ἡμῶν ὁ ἐν τοῖς οὐρανοῖς, ἁγιασθήτω τὸ ὄνομά σου, ἐλθέτω ἡ βασιλεία σου, γενηθήτω τὸ θέλημά σου, ὡς ἐν οὐρανῷ καὶ ἐπὶ γῆς.
人類救済計画の時計が再び動きだす時は必ずくる。主を畏れ信頼し祈っていきたい。
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