著書 『「福音書」解説』 を読んで

May 12 [Mon], 2014, 1:47
 マルコの福音書14章は、イエスがイスカリオテ・ユダの裏切りで捕えられる場面だが、そこに突然、「ある青年」(51節)が登場する。岩波書店の翻訳委員会訳では「ある若者」と訳されているが、注釈に「この若者が誰かは不明。」とある。また、同じマルコの福音書16章は、イエスが復活したあとに3人の女が墓に行く場面だ。ここには、「真っ白な長い衣をまとった青年」が登場する。岩波訳では「一人の若者」となっている。

 この二か所にのみ登場する青年、あるいは若者は誰なのか?同一人物か、それとも別人か?ふだん私たちが読んでいる翻訳聖書からは、推測することさえ難しいが、「福音書」解説「復活」物語の言語学(溝田悟士著)では、あくまでテキストから論理的に推理し、鮮やかに福音書作者の意図をあぶりだし、帰結している。溝田氏の解説は、かなり斬新だが、伝統的な信仰から逸脱したものではないし、むしろ十字架と復活の真理を読者の心に強く印象付けようという、福音書作者の思いを蘇らせているようにさえ感じる。
(以下本文抜粋)―――おそらく、マルコ福音書のテキストが謎めかされて難解である理由も、読者がそういう隠された内容を発見するという体験をすることによって、より鮮明に「復活」の希望を感じてもらいたかったからなのかもしれません。―――これ以上書くとネタばれになるのでこのくらいにしておこう。

 聖書は神の霊感で書かれた書物だが、それは霊にとりつかれた人間が無意識で書き上げたというものではない。約千五百年の永い時間をかけ、三十数名の作者が、それぞれの知恵と経験と、その時代に残された資料をもとに、苦労して書き上げられた書物である。私たちは、自分の都合の良いように解釈するのではなく、作者が意図したとおりに読む努力をしたいものだ。

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