クリスチャンは一丁あがり?

December 24 [Thu], 2015, 23:00
 クリスチャンは、信じて救われたら一丁あがりなのか。

 今日はクリスマスイブだから、多くの教会でイブ礼拝をもち、伝道的なメッセージが語られていることだろう。毎年多くの新しい魂が教会へ導かれ、イエスキリストに出会い、悔い改め新生体験をする。聖霊によってキリストにバプテスマされ、本物の神を神として崇めより頼み、そのぶどうの木にとどまり実を結ぶ「新しい人生」を歩み始める。

 つまり、神を信じてクリスチャンになることは、完成ではなく、スタートと考えた方がいいだろう。では、救われた者として、何を始めるのだろうか。それを理解するために、エデンの園のテキストを復習しよう。

 創世記2章15節で、神はエデンの園にアダムを置き、「そこを耕させ、またそこを守らせた。」と書いてある。このふたつ「耕すこと」と「守ること」を、クリスチャンは役割として与えられている。

 神は六日で天地を創造し七日目に休まれた。その七日目に最初に起こったことは、エバが蛇にだまされ、アダムが神との約束を破ってしまったことだ。そのため二人はエデンの園を追われる。神と人との間にけっして越えられない大きな溝ができてしまい、そのため神から与えられた役割、エデンの園を「耕すこと」「守ること」ができなくなってしまった。

 そこで問題。では今日私たちが生きているのは、神の物語の何日目か?

 正解。七日目ですね。

 神の物語の七日目は今も続いている。その日の初めにアダムが罪を犯し、神の領域「天」と人が住む「地」との間に大きな溝ができてしまう。それを、神の子が人となって地にくだり、私たちの罪のため十字架で死に、葬られ、三日目によみがえられ、最初にペテロそして十二弟子に現れ、天に昇られた。神の子が死からよみがえったことで、イエスは完全ななだめの供物だったことがわかる。そして、イエスが昇天したとき、罪の捕虜であった私たちも、共に天に挙げられた。こういう言い方をすると、時間が数千年単位で前後するが、神の目から見ると、同じ七日目の出来事だ。

 イエスキリストを信じて救われたクリスチャンは、もう一度エデンの園に置かれた、と表現することもできる。そこを神のみこころに従って、「耕し」「守る」役目を与えられ、そして、神がそうさせてくださる。エデンの園を新約聖書的に言えば、神の国ということになる。現在、その神の国は、教会に集うクリスチャンよって耕され、広がりつつあり、やがては、天のエルサレムが地にくだり、天と地が完全に一つとなり、エデンの園(神の国)が再創造される。その御国を私たちは、アダムが園を耕し守るはずだったように、王なる祭司として、「人々に仕える」ことでそこを統治していく。今、日本に暮らす私たちが、それをどう具現化するか、それが問題。少なくとも、日本の伝道文化を軽んじたり、人間関係を壊したりすることはみこころではないだろう。それはむしろサタンの仕業だと思う。また、信仰を無理やり押しつけることも、正しい方法だとは思えない。クリスチャンは、今こそ一世紀の使徒たちの教えに立ち返り、キリストの平和が、天にあるように地にもなさせたまえ、と求めていくべきなのだと思う。

 みなさん、良いクリスマスを!!


こわれた水ため

August 03 [Mon], 2015, 15:21
わたしの民は二つの悪を行った。
湧き水の泉であるわたしを捨てて、
多くの水ためを、
水をためることのできない、
こわれた水ためを、
自分たちのために掘ったのだ。
(エレミヤ書2:13)


「私は生まれながらにして罪人であり、そのことに目が開かれ信仰を持ったものの、自分が本当に救われているか不安だ。」というクリスチャンは多いのではないだろうか。実際、私もそうだった。二十年以上、自分の魂が隷属しているのは、罪かキリストか、不安でしょうがなかった。それでも、教会では霊的に充実したクリスチャンを装っていたため、息苦しく、霊的瀕死の状態だった。あるとき、自分自身にこうつぶやいていた。「このままでは死んでしまう。」それから、聖書の読み方が少しずつ変わった。

それまでも、読んではいたが、内心「読んでも理解できない」と考えていて、あまり真剣に読んでいなかった。しかし、自分が霊的に瀕死状態にあることを実感し、そこから抜け出すには、聖書のことばに、神に頼るほかなかった。その切実な思いが、こころの奥底から湧き出るまで、すでに豊かに享受している恵みに、目が閉ざされていたのかもしれない。

私が陥っていた罠について説明すると、私は毎週日曜日教会で礼拝をし、月に一回程度は司会やソングリーダーを任されていた。その奉仕が十年二十年と継続していくうちに、喜びから無感覚に変わっていった。さらに、目に見えない何かに縛られている感覚に陥って行った。それが、ロマ書7:23にある「異なった律法」あるいは「罪の律法」だろう。

あるクリスチャンは、律法主義はいけないと批判し、本来良いものであるはずの律法を悪者にしてしまう。しかし、律法が悪いのではなく、私たちの内に、新生後もしぶとく残っている肉の思い、罪の性質が私たちを死に貶める。律法から解放されているのに、自分自身で異なる律法をいつのまにか作り上げ、それに仕えている。私は、毎週日曜は教会に行く、熱心に奉仕する、わからなくても聖書を読む、アルコールを口にしない、偶像にささげられた食物は食べない、などなど、それらが聖書のおしえと守ってきた。聖書は本当に、そうおしえているだろうか。

「人はうわべを見るが、主は心を見る。」(1サムエル16:7)、とあるように、神はうわべだけの行動をよろこばれない。その行動の動機が何かを見ておられる。健全であればよろこばれ、ちがえば悲しんでおられるかもしれない。熱心に仕えているのに、悲しまれるとは?なぜ?それは仕える対象が神ではなく、自分自身にだからだ。ちがう表現をするなら、神を神とせず、自分自身を神とし、王として君臨させている、ということだろう。

冒頭に引用したエレミヤ書には、尽きることのない湧き水にたとえた神を求めず、たまるはずのないこわれた水ためを、いくつも掘っていると書かれてある。律法主義を批判するクリスチャンが自ら異なった律法をつくりそれに隷属する。偶像礼拝を批判しながら、神を神とせず、むしろ自らを神としてしまう。私自身が、まさにそのようなものだったと、今になりはっきりと示された。

何が悪いのだろうか?律法?日曜礼拝?清い生活?仏像?いや、そういうことではない。悪いのは、私の内にしぶとく残っている「罪の性質」だ。私たちは、日々その肉のおもいとたたかっていることを、よくよく認識する必要がある。そのたたかいに負けると、簡単に罪の奴隷になってしまう。しかし、分かりにくいのは、その悪い実が、一般的にクリスチャンにとって、とても麗しい良い行動であることもある。

「自分は良いことをしている。神はよろこばれているはずだ。だけど、こころの内に平安が無い。」そういう熱心なクリスチャンは、自分の熱心さはどこから来るのか、誰のためか、一度立ち止まってチェックする必要があるだろう。私の場合は、二年以上教会の奉仕から離れ、ゆっくりみことばと向き合う時間が与えられた。ひとりになり、神に聞くように祈り、少しずつ目が開かれた。立ち止まることが、これほど意味があるとは思わなかった。こんどいつか、「聞く祈り」について書いてみよう。

栄光から栄光えと

April 27 [Mon], 2015, 22:45
私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。(2コリント3:18)

新生すると自分が
変えられていることに気づく
最初は誰も分からないが
自分には分かる

言い様のない喜びと
溢れ出る感動
自分にだけ分かる
でも誰も気づかない

それから時間をかけて
少しずつ変えられていく
ほんの少しずつ
自分では気づかないくらい

ある日、変わったね、と言われる
誰もが変化を認識するようになる
すべてが新しくされる

ディカイオスな人たち

November 24 [Mon], 2014, 22:08
すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べるものを差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませましたか。・・・』(マタイ25:37)

「イエスのことば―ケセン語訳」で著者の山浦玄嗣は、原文の「ディカイオス」を「正しい」と訳すことに違和感を覚えるという。この、「正しい人たち」がした行為は「正しい」からするのではなく、「やさしい」からするのだと言うのだ。

先日の日曜日は、津波で甚大な被害があった地域にある、祈り家の礼拝に参加した。そこのメンバーは、隣接する仮設住宅に暮らす人たちに、寄り添う活動を継続している。活動と呼ぶのもはばかられるくらい、彼らの生活にとけ込んでいる。聞きたくものない聖書の話を強引にすることはしない。ただ一緒に、お茶をする。話を聞く。泣いたり、笑ったり、一緒に時間を過ごすだけで、強い信頼関係が築かれている。「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい(ローマ12:15)」この御言葉を地でいく活動を、現在も継続している。この祈りの家の兄姉のような人を、イエスはディカイオスと形容したのではないだろうか。

ヤコブの手紙2:24と26を、ケセン語で訳すとこうなるらしい。

人ァそのかせぎィ見でいだだいで、ああ、こいづァいいやづだ、めんこいやづだど思っていだだぐのであって、ただ神さまァどごぉ力頼りにしていますづゥだげでァ駄目なのだ。・・・
たましいのねァ、かばねァ死んだものだが、それど同して、何にもしねァで、ただおまガせしてます、頼りにしてますでァ、死んでるものど同した。


新共同訳で「義とされる」と訳されるは、ケセン語では「こいづァいいやづだ、めんこいやづだ」と訳されている。はたして、私が70歳になったとき、このような境地に達しているだろうか。

大患難期の舞台裏

October 22 [Wed], 2014, 11:31
聖書で預言されている大患難期が始まる前に教会は天に挙げられるが、ではその七年間に、教会時代の聖徒は天で何をしているのだろうか。その様子を、ヨハネの黙示録から考えてみよう。

ヨハネの黙示録4:4に「二十四人の長老」が登場するが、彼らは神殿で奉仕する祭司だと考えられる。歴代誌24:4から祭司の組は二十四組あった。そしてその組は、バプテスマのヨハネの父ザカリアの時代まで継続していた。(ルカ1:5)一組は二十四人で構成され、常にこの二十四人が神殿で奉仕していたと考えられている。さらに、彼らは金の冠をかぶっている。1ペテロ2:9でペテロは、信者を「王なる祭司」と呼んでいる。黙示録1:6、5:10でも、王国とし祭司とされたと書かれている。「二十四人の長老」は、神殿で奉仕する二十四人の王なる祭司、天の神殿で礼拝奉仕をする教会を象徴している。

では、教会は天で七年間礼拝奉仕をする意味は何だろうか。それを考えるにあたり注目すべき記事が、レビ記8:33にある。「また、あなたがたの任職の期間が終了する日までの七日間は、会見の天幕の入り口から出てはならない。あなたがたを祭司職に任命するには七日を要するからである。」この記事にある祭司が、教会または教会時代の聖徒の型だとすると、教会は大患難期の七年間に、祭司となるために天の神殿で任職式をあげていると考えられる。教会は、そのすぐ後に来る千年王国で、王なる祭司として地上を支配する。その準備ため、七年間天の神殿から出ることは許されないということだろう。教会時代の聖徒にとって、大患難期の七年は、過ぎ越しの七日間であり、キリストと教会の婚礼であり、王なる祭司となるための任職式だと言える。

もう一つ注目したいことは、黙示録5:8に、二十四人の長老は香のいっぱい入った金の鉢を持っていて、その香は聖徒たちの祈りだと書かれている。現代に生きるクリスチャンは、さまざまの場面で祈りをささげるが、その祈りは、この二十四人の長老が持つ金の鉢に積み上げられていると考えられないだろうか。きかれる祈りもそうではない祈りも、すべて主の日のために、天に、金の鉢に積み上げられるとすれば、すべて無駄ではないことが理解できる。このことから無理やり結論を導き出すと、恵みの時代に生かされているお互いは、おかれている状況はどうであれ、もっと祈るべきだということになるだろう。

日々祈りが足らない者だと自戒しつつ、やがて来るその日に、思いを馳せる。


ヤロブアムの罪

October 20 [Mon], 2014, 2:23
ソロモン王の死後、イスラエルはヤロブアムを王とする北イスラエルと、レハブアムを王とする南ユダに分裂した。ヤロブアムは金の子牛を二つ造り、一つをベテルに、もう一つをダンに安置し、そこで神を礼拝するようイスラエルの民に命じた。ヤロブアムは子牛を神として拝ませたわけではないだろう。1列王記12:28「もう、エルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる。」とあるように、イスラエルをエジプトから救い出したヤハウェの神を拝めと言っている。金の子牛は神の台座ということだろう。では、ヤロブアムは何が悪いのだろう。

一つは、彼は礼拝する場所をエルサレムではなく、自分に都合のいいベテルとダンに定めた。二つ目は、祭司をレビ族以外から選び任命した。三つ目は、祭りの日を勝手に第八の月の十五日に定めた。神に近づくには、神が定めた方法でなければならないが、ヤロブアムは自分の都合のいいように定め、それを民に押し付けた。さらに悪いのは、彼はそれが神に受け入れられないと、内心気づいていたという点だ。自分の子アビヤが病気になっとき、ベテルにもダンにも行かず、シロ人の預言者アヒヤを頼った。ヤロブアムは、神が定めた方法ではなく、自分に都合のいい方法を勝手に定めた。また、必要なときだけ神を求めた。

これは、現代のクリスチャンにも当てはまるところがあるのではないだろうか。私は、苦しい時に神が助けてくれるように祈る。乏しい時に必要が満たされるように祈る。病気の時に癒されるように祈る。しかし、平穏なときは、あまり祈らない。また、祈るときも、私は本当に神を求めているだろうか。私の関心事は、神が自分に何をしてくれるかであり、神ご自身を求めていないと感じることさえある。本来は、神が支配する御国が広がることをまず求め、その他のことは神が万事益としてくださると信頼しつつ、個人の願いを求める方がいいと思うのだが、そうではなく、個人的な願いだけを祈り求め、アーメン!と終えてしまうことが多い気がする。

もう一つ、現代クリスチャンに見られるヤロブアムの罪は、自分に都合の良い神のイメージをつくることだ。その一つが、愛の神だけを強調する傾向があること。神は愛なる方である。同時に義なる方であり、聖なる方である。罪人の私は、愛の神により、信仰により義とされた。義とされたのだから、その地位にふさわしい聖さを身につけるように期待される。救われるために人間の行いは何も寄与しないが、救われたものとしてキリストの聖さに近づく歩みを、日々選び取って行く必要がある。愛なる神は、私の全ての罪を赦してくださるから、罪の中に留まっても大丈夫だと考えてはいけない。神の愛のご性質だけを強調し、義なる神、聖なる神は無視、というのでは、あまりにも都合が良すぎる。私はこの点で、大いに反省する。

ダゴンのかたわらに

September 29 [Mon], 2014, 1:42
それからペリシテ人は神の箱を取って、それをダゴンの宮の運び、ダゴンのかたわらに安置した。(1サムエル記5:2)

ペリシテ人はイスラエル人を打ち負かし、契約の箱を奪って、自分たちの神ダゴンの宮に運び入れた。なぜ、ペリシテ人は、契約の箱を壊さなかったのだろう。おそらく、大国エジプトを打ったイスラエルの神は、将来何かに役立つかもしれないから、壊してしまうのはもったいない、と考えたのだろう。必要なときに運び出し、都合のいい様に使いたい、と考えたのかもしれない。

この点で、日本人は、ペリシテ人以上のつわものと言えるのではないだろうか。ペリシテ人は、二つの神、ダゴンとイスラエルの神を同じ宮に奉った。日本人は、元旦は神社にお参りし、葬式は仏式で執り行い、結婚式は教会で挙げる。八百万の神々を、敬いつつ自分たちの都合のいいように上手にあつかう。そこに信仰と呼べる霊的営みはない、とクリスチャンは思ってしまう。では、クリスチャンと、契約の箱をダゴンの宮に運び入れたペリシテ人との間に、共通点はないのだろうか。

私たちは、神に祈りを捧げる。その多くは、自分と家族の健康、自分の教会の祝福、自分の会社の繁栄など、自分に都合のいい祈りだけを捧げていると言えるかもしれない。また、重い病のため祈り、祈りが聞かれ癒された、というケースもあるが、そうはならないこともある。いくら熱心に祈っても、聞かれないと、祈ることをやめてしまうこともあるだろう。自分の願いを叶えるためだけの祈りは、必要なときだけ神の箱を持ち出すペリシテ人と同じではないだろうか。神のみこころを求め、それが成就することを第一に求めていきたい。祈りが聞かれないときでも、たたえられるべき御名をたたえ、賛美されるべき方を賛美していきたいと思う。

また、私たちは人生の岐路に立つとき、“神のみこころ”だと言い、目標に向かって邁進することがある。しかし、それは本当に神が望んでいることか、なかなか判断が難しい。以前、大学生の息子に、自分が思い描く教会ビジョンを熱く話した際、祈りに基づく霊的判断の必要性を冷静に諭されたことがあった。自分のやりたいことを、ただ実行するために、“神のみこころ” という表現を持ち出すのは、「主の御名をみだりに唱える」ことに等しいのではないだろうか。

では、神が、私たちに教えていることはなんだろうか。1サムエル記5章3節では、ダゴンの像が契約の箱の前にうつぶせに倒れていた。4節では、ダゴン像の頭と両腕は切り離され、胴体だけがうつぶせになっていた。神は、ペリシテ人にもイスラエル人にも、ご自身が生きている神であり、箱に入れて持ち運ばれるような方ではないことを示された。私たちは、表面上は信仰的に振舞いながら、根っこの部分では、自我で行動してることが少なくない。自力で何かを為すのではなく、生きた神にゆだね、霊的戦いに勝利していく必要がある。現代に生きるクリスチャンが、試練や誘惑にあうとき、内住の聖霊にゆだねることなしに、ほんの少しも抵抗できない現実を忘れてはいけない。

ライシュのシドン人

September 15 [Mon], 2014, 0:55
五人の者は進んで行って、ライシュに着き、そこの住民を見ると、彼らは安らかに住んでおり、シドン人のならわしに従って、平穏で安心しきっていた。この地には足りないものは何もなく、押さえつける者もなかった。彼らはシドン人から遠く離れており、そのうえ、だれとも交渉がなかった。(士師記18:7)

 ライシュのシドン人は、同族のシドン人の町から遠くはなれたところに、町を形成した。そこは豊かな土地であり、すべて自給自足で暮らしていた。彼らにとって、脅威となる敵は存在しなかった。イスラエルのダン部族によって滅ぼされるまでは。彼らは、平穏で安心しきった生活をしていた。

 彼らは、同族のシドン人から遠く離れており、また、周囲の人々と交流をしていなかった。したがって、突然、敵に襲われても、誰にも助けを求めることはできなかった。危機管理ができておらず油断しきっていたため、ダン部族の六百人の兵士に、たやすく滅ぼされてしまった。(士師記18:27-28)

 ライシュのシドン人と、現在の平和ボケで油断しきった日本人との間に、共通点があるような気がする。右利きの人たちの中には、隣国の指導者を批判し、国民性を蔑み、友好的な交流を快く思わない人がいる。左利きの人たちの中には、集団的自衛権の行使に反対という立場を一歩も譲らない人がいる。どちらにしても、日本周辺の国々と距離をとり、同盟国との協力関係を発展させない考え方は、ライシュのシドン人と共通する点があるように思う。日本だけ平和であればいい、豊かであればいい、という考えは、もはや通用しないだろう。

 国際社会で、永遠の中立を目指すにしても、それなりのリスクを覚悟する必要がある。どちらかの陣営に深く関与すれば、当然暴力的応酬の渦に巻き込まれる可能性は拡大する。国の舵取りを任された政治家は、国民の安全と国益を守るため、国際情勢を的確に見極め決断をしていかなければいけない。その点で、現政権が大きく判断を見誤っているとは思わない。今後は、志高く政界に進出した若きリーダーの活躍に大いに期待し、五十年後、百年後、安心して暮らせる国づくりをしていただきたいものだ。

未来の子どもたちへ、私たちは何を残してやれるだろうか
GIFT FOR CHILDREN
http://goo.gl/P30gAj

ペヌエルの戦い

September 10 [Wed], 2014, 15:32
 神の恵み、無条件の十字架の贖い、イエスキリストの愛の福音を聞いて、人は救いに導かれる。しかし、ある程度ときを経て、自分の新生体験は、いつだったのだろう?と考えると、最初の福音を聞いた時期より、何年も後だと感じる人は多いのではないだろうか。私の場合は、1987年の21歳の時に受洗したが、新生体験は、その24年後の2011年だ。

 この年、東日本を襲った大震災では、死者1万9千人、行方不明者を合わせると2万人以上の尊い命が奪われた。教会も大きな被害を受けた。同じ教会の姉妹が一人、避難先の小学校で津波に巻き込まれ、幼い二人の子どもとご主人を残し天に召された。どうして、こんなことが起こるのか?神の御心は何なのか?もしかして、自分の罪深さゆえに、これほどの犠牲者が出たのか?そんなことさえ考えてしまう。この時期が、私にとっての「ペヌエルの戦い」だった。

 創世記32章で、族長のヤコブは、ある人と夜明けまで格闘する。ヤコブという名前は、「かかとをつかむ者=人を出し抜く者」という意味がある。双子の兄エサウを出し抜き、長子の権利を奪った。(神の視点では、長子の権利は元来ヤコブのもの)また、おじラバンの元であらゆる努力を重ね、財産を築いた。家族と故郷に戻ることにしたが、そこには兄のエサウがいる。ここでも人間的な考えで対処しようとするが、不安と怖れがヤコブを襲う。彼は、財産すべてと家族全員を川向うへ渡らせ、一人になったとき、「ある人」ヤハウェの神と格闘する。その結果、もものつがい(自我)を打たれ、ヤコブは新生し「イスラエル」という名前を与えられる。

そこでヤコブは、その所の名をペヌエルと呼んだ。「私は顔と顔とを合わせて神を見たのに、私のいのちは救われた。」という意味である。(創世記32:30)

 信者は誰でもヤコブの様に、人生に一度は、神と格闘する時期がある。そのとき人は神を、知識的にではなく、経験的に「知る」ようになる。創世記4:1でアダムがエバを「知った」ように、人は神を体験し、「知る」。何年、何十年も前にイエスキリストを主とし信じたときから、聖霊が内住してくださったことに、その時初めて気づかされる。もうすでに義とされ、新生していた自分を、「ペヌエルの戦い」を通して、初めて発見する。震災から3年が経過した。この数年間が、私の「ペヌエルの戦い」だった。二十年以上前に義としてくださった神が、以来私の中に存在し続けてくださったことを、今、経験的に知った。

 おそらく、来年も同じような思いを抱くことだろう。人が悔い改め、霊的に生まれ変わるのは一度きりだが、神の恵みの深さ、義の高さ、愛の広さの全てを知り得るはずはなく、日々の生活を通し、死ぬときまで、徐々に体験的に「知る」ようになるのだろう。

推奨聖句:詩篇139編


「悔い改めなさい」 現在形からアオリストヘ

August 23 [Sat], 2014, 3:01
バプテスマのヨハネと(マタイ3:2)、イエスは(マタイ4:17、マルコ1:15)、「悔い改めない。」と言った。どちらもμετανοειτε というギリシャ語で表現されている。それに対し、ペテロも(使徒2:38、3:19)、「悔い改めなさい。」と言っているが、この場合は μετανοησατε という単語が使われている。

これらの二つの単語の違いはなにか?唯一の違いは時制だ。ヨハネとイエスは“現在形”で悔い改めることを命じ、ペテロは“アオリスト”という時制で悔い改めるように命じている。また、前者はイエスが十字架に掛かる前で、後者は十字架の後の場面だ。つまり、十字架の前は“現在形”で、十字架の後は“アオリスト”に変わったことになる。

旧約時代はことあるごとに、人間の罪を贖うため生贄の動物の血が流された。過ぎ越しの祭りでは、毎年羊をほふり祭壇で神に捧げられた。しかし、100%神であるイエスが100%人間となり十字架で払われた犠牲は、アダムから大患難時代まで、全人類の罪を完全に贖った。動物の犠牲は、その時、一時的な効力しかなかったが、イエスの十字架での犠牲は、永遠であり完全であった。そのためそれ以降は、祭壇で動物を捧げる必要はなくなった。

イエスの十字架の死が一度限りのイベントで完成したように、私たちの悔い改めも一度限りのイベントで、救いを完成させる。バプテスマのヨハネとイエスが生きていた時代は、十字架の罪の贖いがまだ成就していないため、何度も繰り返し悔い改める必要があった。しかし、ペテロが語った時は時代が変わり、十字架の贖いが成就した後であるため、一度限りの悔い改めで救いは完成し、しかも効力が失われることは永遠になくなった。

あなたは「信じる者は永遠のいのちを持ちます。(ヨハネ6:47)」というイエスの言葉を信じているだろうか。永遠の命を得たのであれば、何があろうと救いは取り去られることは、決してない。

ペテロが“アオリスト”の時制で命じた「悔い改め」は、あなたの人生において一度限りのイベントであり、時間の経過や記憶の薄れに応じて何度も繰り返されるようなものでは決してない。イエスキリストの十字架の贖いは完全で永遠なのであって、そこに人間が加えられるものは何一つ、無い。
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