「焚き火を囲んで聴く神の物語」を読む

June 04 [Sun], 2017, 23:41
地引網出版の月刊誌「舟の右側」に、一年間連載された記事を一冊にまとめた本が、先日届いた。著者の大頭眞一先輩は、二年前天に召された恩師、鈴木真先輩のご友人だと思うのだが、裏取りはしていない。著書の中では、ベテラン牧師も若手も互いに「先輩」呼ばわりする。ここの文化では、牧師が一般信徒さえも先輩を付して呼ぶらしい。アウグスティヌス先輩やアタナシオス先輩も例外ではない。モーセなんか、リダクションされ「モー先輩」と呼ばれている。私もそれに倣い、面識の全くない先生方を先輩呼ばわりすることにしよう。たぶん失礼にはならないはずだ。

先ずは最初にある、地引網出版の谷口和一郎先輩が書いた前書きが面白い。大頭先輩の型破りの原稿を、ペンテコステ派を代表する月刊誌に掲載するまでの、決断と諦めをうかがい知ることができる。焚き火を囲んでの物語のような展開は、ざまざまな人物が登場する。地理も時代も超越する。最年長の先輩はアダムだもん。でも、アダムにはなぜか「先輩」はついていない。そして、ルターな人びと、カルヴァンな人びと、ウェスレアンな人びと、ペンテコステな人びとが焚き火を囲む。おそらく神の国はこんな感じなのかもしれない。

そして一部、R18の部分がある。18歳以下の読者は読み飛ばすようにと注意書きがある。袋とじにしようとも考えたようだ。(笑)そこには、トーラーを守ることは本来、苦痛ではなく喜びであるはずだ、とある。私たちはガラテヤ書から、律法は私たちをキリストへ導く養育係だということは聞いている。しかし、それはモーセが離婚を容認したように、神様の当初の目的ではなかったのかもしれないと思った。神様は、トーラー(律法)を与え、夫が妻を導くほどに甘美な方法で、イスラエルの民を導かれようとされたのかもしれないと思わされた。

とりあえず大頭先輩が書かれた連載部分を最後まで読んだが、これから十二人の著名な先輩方が寄せた応答部分をじっくり読んでみようと思う。焚き火は楽しいなぁ。私たちが集う地域の教会も、焚き火を囲むような感じがいいんじゃないかな。

アブラムの家族と契約に新約の福音を見る

May 27 [Sat], 2017, 12:18
アブラハムはまだアブラムと呼ばれていたとき、メソポタミアのウルからパダン・アラムのハラン(カラン)へ移住し、父のテラが死んでのち約束の地カナンに入っていく。ウルを出たとき、アブラムの一族の家長は父テラであった。そこから推測すると、ウルからハランに移住したのは、テラを筆頭に、アブラムとその家族、亡くなったアブラムの兄弟(ハラン)の息子ロトとその家族、そして、聖書には書かれていないが、ナホルとその家族も同行したのだと思う。(創世記24:10ではナホルはハランに住んでいる。)テラが死ぬと、一族はアブラムの家族と、ナホルの家族に分かれそれぞれが家長になる。ロトはまだ一人前ではなかったので、アブラムが面倒を見ていたのかもしれない。そして、アブラムは神の啓示にしたがって、ハランからカナンへ移住し、ロトも同行する。

しばらくするとロトの家族も大所帯になり、アブラムの家族と離れてソドムに住むようになる。そこで大事件が起こる。北から強大な連合国軍が攻めてきて、ソドム周辺の町々から金品財宝、食料、女、子ども、奴隷など、根こそぎ奪って行く。ソドムに住んでいたロトとその家族も連れ去られてしまう。それを聞いたアブラムは、一族の奴隷たち約三百人を集めて連合国軍を追いかけ、打ち負かし、ロトとその家族を救い出す。アブラムは、強力な連合国軍に立ち向かうという無謀なことを、どうして即断できたのだろうか。それは、ロトとその家族はアブラムの一族の構成員であり、家長として自分の生命を賭して守らねばならない存在だったからだろう。一族の家長とその家族の関係は、王と家臣、あるいは王と民のような関係にあった。家臣は王に仕え民は王に従う。一方王は家臣と民を命がけで守る。アブラムは一族の家長として、その重大な役割を果たしたということなのだと思う。

ここで話は飛ぶが、創世記15章9節から21節には、神は不思議な方法でアブラムと契約を結ぶ。3歳の雄牛と雌やぎと雄羊と、山鳩とそのひなを持ってこさせ、牛とやぎと羊を真っ二つに切り裂き、その半分を向かい合わせにさせた。そして、アブラムを深く眠らせて、日が沈み暗闇になったとき、煙の立つかまどと燃えるたいまつが、切り裂かれたものの間を通り過ぎた。これは、当時の一般的な契約方法だったらしい。つまり、神はアブラムが理解できる方法で、神の約束は必ず成就すると教えたのだろう。

神はアブラムと三つの契約を結んだ。一つは土地の契約。カナンの地をアブラムとその子孫に永遠に与えること。二つ目は子孫の契約。神はアブラムの子孫を夜空の星のように増やすこと。三つめは祝福の契約。地上のすべての民族はアブラムによって祝福されること。契約は本来、双方がすべての条項を遵守して成立する。しかし、のちにアブラムの子孫は、神に逆らうようになる。それは今日の私たちも同じだ。神がアブラムと交わした三つの契約は反故にされてもしかたなかったのだ。しかし、神はご自分の愛するひとり子を十字架につけることで契約を守られた。エデンの園でのアダム以来失われた人間を、神の国に取り戻すために、大きな犠牲を払われたのだ。そのイメージは、アブラムが連合国軍に奴隷三百人で追走しロトとその家族を取り戻した物語と重なる。暗闇の中で、切り裂かれたものの間を通ったのは「煙の立つかまどと燃えるたいまつ」だけだった。つまり、神だけだった。神は真実な方であるから、神御自身が肉体を裂かれ血を流された。そうするために御子は受肉され、完全な人となられた。この、一方的な神の愛に、私たちはどのように応えていけばよいだろうか。

クリスチャンは一丁あがり?

December 24 [Thu], 2015, 23:00
 クリスチャンは、信じて救われたら一丁あがりなのか。

 今日はクリスマスイブだから、多くの教会でイブ礼拝をもち、伝道的なメッセージが語られていることだろう。毎年多くの新しい魂が教会へ導かれ、イエスキリストに出会い、悔い改め新生体験をする。聖霊によってキリストにバプテスマされ、本物の神を神として崇めより頼み、そのぶどうの木にとどまり実を結ぶ「新しい人生」を歩み始める。

 つまり、神を信じてクリスチャンになることは、完成ではなく、スタートと考えた方がいいだろう。では、救われた者として、何を始めるのだろうか。それを理解するために、エデンの園のテキストを復習しよう。

 創世記2章15節で、神はエデンの園にアダムを置き、「そこを耕させ、またそこを守らせた。」と書いてある。このふたつ「耕すこと」と「守ること」を、クリスチャンは役割として与えられている。

 神は六日で天地を創造し七日目に休まれた。その七日目に最初に起こったことは、エバが蛇にだまされ、アダムが神との約束を破ってしまったことだ。そのため二人はエデンの園を追われる。神と人との間にけっして越えられない大きな溝ができてしまい、そのため神から与えられた役割、エデンの園を「耕すこと」「守ること」ができなくなってしまった。

 そこで問題。では今日私たちが生きているのは、神の物語の何日目か?

 正解。七日目ですね。

 神の物語の七日目は今も続いている。その日の初めにアダムが罪を犯し、神の領域「天」と人が住む「地」との間に大きな溝ができてしまう。それを、神の子が人となって地にくだり、私たちの罪のため十字架で死に、葬られ、三日目によみがえられ、最初にペテロそして十二弟子に現れ、天に昇られた。神の子が死からよみがえったことで、イエスは完全ななだめの供物だったことがわかる。そして、イエスが昇天したとき、罪の捕虜であった私たちも、共に天に挙げられた。こういう言い方をすると、時間が数千年単位で前後するが、神の目から見ると、同じ七日目の出来事だ。

 イエスキリストを信じて救われたクリスチャンは、もう一度エデンの園に置かれた、と表現することもできる。そこを神のみこころに従って、「耕し」「守る」役目を与えられ、そして、神がそうさせてくださる。エデンの園を新約聖書的に言えば、神の国ということになる。現在、その神の国は、教会に集うクリスチャンよって耕され、広がりつつあり、やがては、天のエルサレムが地にくだり、天と地が完全に一つとなり、エデンの園(神の国)が再創造される。その御国を私たちは、アダムが園を耕し守るはずだったように、王なる祭司として、「人々に仕える」ことでそこを統治していく。今、日本に暮らす私たちが、それをどう具現化するか、それが問題。少なくとも、日本の伝道文化を軽んじたり、人間関係を壊したりすることはみこころではないだろう。それはむしろサタンの仕業だと思う。また、信仰を無理やり押しつけることも、正しい方法だとは思えない。クリスチャンは、今こそ一世紀の使徒たちの教えに立ち返り、キリストの平和が、天にあるように地にもなさせたまえ、と求めていくべきなのだと思う。

 みなさん、良いクリスマスを!!


こわれた水ため

August 03 [Mon], 2015, 15:21
わたしの民は二つの悪を行った。
湧き水の泉であるわたしを捨てて、
多くの水ためを、
水をためることのできない、
こわれた水ためを、
自分たちのために掘ったのだ。
(エレミヤ書2:13)


「私は生まれながらにして罪人であり、そのことに目が開かれ信仰を持ったものの、自分が本当に救われているか不安だ。」というクリスチャンは多いのではないだろうか。実際、私もそうだった。二十年以上、自分の魂が隷属しているのは、罪かキリストか、不安でしょうがなかった。それでも、教会では霊的に充実したクリスチャンを装っていたため、息苦しく、霊的瀕死の状態だった。あるとき、自分自身にこうつぶやいていた。「このままでは死んでしまう。」それから、聖書の読み方が少しずつ変わった。

それまでも、読んではいたが、内心「読んでも理解できない」と考えていて、あまり真剣に読んでいなかった。しかし、自分が霊的に瀕死状態にあることを実感し、そこから抜け出すには、聖書のことばに、神に頼るほかなかった。その切実な思いが、こころの奥底から湧き出るまで、すでに豊かに享受している恵みに、目が閉ざされていたのかもしれない。

私が陥っていた罠について説明すると、私は毎週日曜日教会で礼拝をし、月に一回程度は司会やソングリーダーを任されていた。その奉仕が十年二十年と継続していくうちに、喜びから無感覚に変わっていった。さらに、目に見えない何かに縛られている感覚に陥って行った。それが、ロマ書7:23にある「異なった律法」あるいは「罪の律法」だろう。

あるクリスチャンは、律法主義はいけないと批判し、本来良いものであるはずの律法を悪者にしてしまう。しかし、律法が悪いのではなく、私たちの内に、新生後もしぶとく残っている肉の思い、罪の性質が私たちを死に貶める。律法から解放されているのに、自分自身で異なる律法をいつのまにか作り上げ、それに仕えている。私は、毎週日曜は教会に行く、熱心に奉仕する、わからなくても聖書を読む、アルコールを口にしない、偶像にささげられた食物は食べない、などなど、それらが聖書のおしえと守ってきた。聖書は本当に、そうおしえているだろうか。

「人はうわべを見るが、主は心を見る。」(1サムエル16:7)、とあるように、神はうわべだけの行動をよろこばれない。その行動の動機が何かを見ておられる。健全であればよろこばれ、ちがえば悲しんでおられるかもしれない。熱心に仕えているのに、悲しまれるとは?なぜ?それは仕える対象が神ではなく、自分自身にだからだ。ちがう表現をするなら、神を神とせず、自分自身を神とし、王として君臨させている、ということだろう。

冒頭に引用したエレミヤ書には、尽きることのない湧き水にたとえた神を求めず、たまるはずのないこわれた水ためを、いくつも掘っていると書かれてある。律法主義を批判するクリスチャンが自ら異なった律法をつくりそれに隷属する。偶像礼拝を批判しながら、神を神とせず、むしろ自らを神としてしまう。私自身が、まさにそのようなものだったと、今になりはっきりと示された。

何が悪いのだろうか?律法?日曜礼拝?清い生活?仏像?いや、そういうことではない。悪いのは、私の内にしぶとく残っている「罪の性質」だ。私たちは、日々その肉のおもいとたたかっていることを、よくよく認識する必要がある。そのたたかいに負けると、簡単に罪の奴隷になってしまう。しかし、分かりにくいのは、その悪い実が、一般的にクリスチャンにとって、とても麗しい良い行動であることもある。

「自分は良いことをしている。神はよろこばれているはずだ。だけど、こころの内に平安が無い。」そういう熱心なクリスチャンは、自分の熱心さはどこから来るのか、誰のためか、一度立ち止まってチェックする必要があるだろう。私の場合は、二年以上教会の奉仕から離れ、ゆっくりみことばと向き合う時間が与えられた。ひとりになり、神に聞くように祈り、少しずつ目が開かれた。立ち止まることが、これほど意味があるとは思わなかった。こんどいつか、「聞く祈り」について書いてみよう。

栄光から栄光えと

April 27 [Mon], 2015, 22:45
私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。(2コリント3:18)

新生すると自分が
変えられていることに気づく
最初は誰も分からないが
自分には分かる

言い様のない喜びと
溢れ出る感動
自分にだけ分かる
でも誰も気づかない

それから時間をかけて
少しずつ変えられていく
ほんの少しずつ
自分では気づかないくらい

ある日、変わったね、と言われる
誰もが変化を認識するようになる
すべてが新しくされる

ディカイオスな人たち

November 24 [Mon], 2014, 22:08
すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べるものを差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませましたか。・・・』(マタイ25:37)

「イエスのことば―ケセン語訳」で著者の山浦玄嗣は、原文の「ディカイオス」を「正しい」と訳すことに違和感を覚えるという。この、「正しい人たち」がした行為は「正しい」からするのではなく、「やさしい」からするのだと言うのだ。

先日の日曜日は、津波で甚大な被害があった地域にある、祈り家の礼拝に参加した。そこのメンバーは、隣接する仮設住宅に暮らす人たちに、寄り添う活動を継続している。活動と呼ぶのもはばかられるくらい、彼らの生活にとけ込んでいる。聞きたくものない聖書の話を強引にすることはしない。ただ一緒に、お茶をする。話を聞く。泣いたり、笑ったり、一緒に時間を過ごすだけで、強い信頼関係が築かれている。「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい(ローマ12:15)」この御言葉を地でいく活動を、現在も継続している。この祈りの家の兄姉のような人を、イエスはディカイオスと形容したのではないだろうか。

ヤコブの手紙2:24と26を、ケセン語で訳すとこうなるらしい。

人ァそのかせぎィ見でいだだいで、ああ、こいづァいいやづだ、めんこいやづだど思っていだだぐのであって、ただ神さまァどごぉ力頼りにしていますづゥだげでァ駄目なのだ。・・・
たましいのねァ、かばねァ死んだものだが、それど同して、何にもしねァで、ただおまガせしてます、頼りにしてますでァ、死んでるものど同した。


新共同訳で「義とされる」と訳されるは、ケセン語では「こいづァいいやづだ、めんこいやづだ」と訳されている。はたして、私が70歳になったとき、このような境地に達しているだろうか。

大患難期の舞台裏

October 22 [Wed], 2014, 11:31
聖書で預言されている大患難期が始まる前に教会は天に挙げられるが、ではその七年間に、教会時代の聖徒は天で何をしているのだろうか。その様子を、ヨハネの黙示録から考えてみよう。

ヨハネの黙示録4:4に「二十四人の長老」が登場するが、彼らは神殿で奉仕する祭司だと考えられる。歴代誌24:4から祭司の組は二十四組あった。そしてその組は、バプテスマのヨハネの父ザカリアの時代まで継続していた。(ルカ1:5)一組は二十四人で構成され、常にこの二十四人が神殿で奉仕していたと考えられている。さらに、彼らは金の冠をかぶっている。1ペテロ2:9でペテロは、信者を「王なる祭司」と呼んでいる。黙示録1:6、5:10でも、王国とし祭司とされたと書かれている。「二十四人の長老」は、神殿で奉仕する二十四人の王なる祭司、天の神殿で礼拝奉仕をする教会を象徴している。

では、教会は天で七年間礼拝奉仕をする意味は何だろうか。それを考えるにあたり注目すべき記事が、レビ記8:33にある。「また、あなたがたの任職の期間が終了する日までの七日間は、会見の天幕の入り口から出てはならない。あなたがたを祭司職に任命するには七日を要するからである。」この記事にある祭司が、教会または教会時代の聖徒の型だとすると、教会は大患難期の七年間に、祭司となるために天の神殿で任職式をあげていると考えられる。教会は、そのすぐ後に来る千年王国で、王なる祭司として地上を支配する。その準備ため、七年間天の神殿から出ることは許されないということだろう。教会時代の聖徒にとって、大患難期の七年は、過ぎ越しの七日間であり、キリストと教会の婚礼であり、王なる祭司となるための任職式だと言える。

もう一つ注目したいことは、黙示録5:8に、二十四人の長老は香のいっぱい入った金の鉢を持っていて、その香は聖徒たちの祈りだと書かれている。現代に生きるクリスチャンは、さまざまの場面で祈りをささげるが、その祈りは、この二十四人の長老が持つ金の鉢に積み上げられていると考えられないだろうか。きかれる祈りもそうではない祈りも、すべて主の日のために、天に、金の鉢に積み上げられるとすれば、すべて無駄ではないことが理解できる。このことから無理やり結論を導き出すと、恵みの時代に生かされているお互いは、おかれている状況はどうであれ、もっと祈るべきだということになるだろう。

日々祈りが足らない者だと自戒しつつ、やがて来るその日に、思いを馳せる。


ヤロブアムの罪

October 20 [Mon], 2014, 2:23
ソロモン王の死後、イスラエルはヤロブアムを王とする北イスラエルと、レハブアムを王とする南ユダに分裂した。ヤロブアムは金の子牛を二つ造り、一つをベテルに、もう一つをダンに安置し、そこで神を礼拝するようイスラエルの民に命じた。ヤロブアムは子牛を神として拝ませたわけではないだろう。1列王記12:28「もう、エルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる。」とあるように、イスラエルをエジプトから救い出したヤハウェの神を拝めと言っている。金の子牛は神の台座ということだろう。では、ヤロブアムは何が悪いのだろう。

一つは、彼は礼拝する場所をエルサレムではなく、自分に都合のいいベテルとダンに定めた。二つ目は、祭司をレビ族以外から選び任命した。三つ目は、祭りの日を勝手に第八の月の十五日に定めた。神に近づくには、神が定めた方法でなければならないが、ヤロブアムは自分の都合のいいように定め、それを民に押し付けた。さらに悪いのは、彼はそれが神に受け入れられないと、内心気づいていたという点だ。自分の子アビヤが病気になっとき、ベテルにもダンにも行かず、シロ人の預言者アヒヤを頼った。ヤロブアムは、神が定めた方法ではなく、自分に都合のいい方法を勝手に定めた。また、必要なときだけ神を求めた。

これは、現代のクリスチャンにも当てはまるところがあるのではないだろうか。私は、苦しい時に神が助けてくれるように祈る。乏しい時に必要が満たされるように祈る。病気の時に癒されるように祈る。しかし、平穏なときは、あまり祈らない。また、祈るときも、私は本当に神を求めているだろうか。私の関心事は、神が自分に何をしてくれるかであり、神ご自身を求めていないと感じることさえある。本来は、神が支配する御国が広がることをまず求め、その他のことは神が万事益としてくださると信頼しつつ、個人の願いを求める方がいいと思うのだが、そうではなく、個人的な願いだけを祈り求め、アーメン!と終えてしまうことが多い気がする。

もう一つ、現代クリスチャンに見られるヤロブアムの罪は、自分に都合の良い神のイメージをつくることだ。その一つが、愛の神だけを強調する傾向があること。神は愛なる方である。同時に義なる方であり、聖なる方である。罪人の私は、愛の神により、信仰により義とされた。義とされたのだから、その地位にふさわしい聖さを身につけるように期待される。救われるために人間の行いは何も寄与しないが、救われたものとしてキリストの聖さに近づく歩みを、日々選び取って行く必要がある。愛なる神は、私の全ての罪を赦してくださるから、罪の中に留まっても大丈夫だと考えてはいけない。神の愛のご性質だけを強調し、義なる神、聖なる神は無視、というのでは、あまりにも都合が良すぎる。私はこの点で、大いに反省する。

ダゴンのかたわらに

September 29 [Mon], 2014, 1:42
それからペリシテ人は神の箱を取って、それをダゴンの宮の運び、ダゴンのかたわらに安置した。(1サムエル記5:2)

ペリシテ人はイスラエル人を打ち負かし、契約の箱を奪って、自分たちの神ダゴンの宮に運び入れた。なぜ、ペリシテ人は、契約の箱を壊さなかったのだろう。おそらく、大国エジプトを打ったイスラエルの神は、将来何かに役立つかもしれないから、壊してしまうのはもったいない、と考えたのだろう。必要なときに運び出し、都合のいい様に使いたい、と考えたのかもしれない。

この点で、日本人は、ペリシテ人以上のつわものと言えるのではないだろうか。ペリシテ人は、二つの神、ダゴンとイスラエルの神を同じ宮に奉った。日本人は、元旦は神社にお参りし、葬式は仏式で執り行い、結婚式は教会で挙げる。八百万の神々を、敬いつつ自分たちの都合のいいように上手にあつかう。そこに信仰と呼べる霊的営みはない、とクリスチャンは思ってしまう。では、クリスチャンと、契約の箱をダゴンの宮に運び入れたペリシテ人との間に、共通点はないのだろうか。

私たちは、神に祈りを捧げる。その多くは、自分と家族の健康、自分の教会の祝福、自分の会社の繁栄など、自分に都合のいい祈りだけを捧げていると言えるかもしれない。また、重い病のため祈り、祈りが聞かれ癒された、というケースもあるが、そうはならないこともある。いくら熱心に祈っても、聞かれないと、祈ることをやめてしまうこともあるだろう。自分の願いを叶えるためだけの祈りは、必要なときだけ神の箱を持ち出すペリシテ人と同じではないだろうか。神のみこころを求め、それが成就することを第一に求めていきたい。祈りが聞かれないときでも、たたえられるべき御名をたたえ、賛美されるべき方を賛美していきたいと思う。

また、私たちは人生の岐路に立つとき、“神のみこころ”だと言い、目標に向かって邁進することがある。しかし、それは本当に神が望んでいることか、なかなか判断が難しい。以前、大学生の息子に、自分が思い描く教会ビジョンを熱く話した際、祈りに基づく霊的判断の必要性を冷静に諭されたことがあった。自分のやりたいことを、ただ実行するために、“神のみこころ” という表現を持ち出すのは、「主の御名をみだりに唱える」ことに等しいのではないだろうか。

では、神が、私たちに教えていることはなんだろうか。1サムエル記5章3節では、ダゴンの像が契約の箱の前にうつぶせに倒れていた。4節では、ダゴン像の頭と両腕は切り離され、胴体だけがうつぶせになっていた。神は、ペリシテ人にもイスラエル人にも、ご自身が生きている神であり、箱に入れて持ち運ばれるような方ではないことを示された。私たちは、表面上は信仰的に振舞いながら、根っこの部分では、自我で行動してることが少なくない。自力で何かを為すのではなく、生きた神にゆだね、霊的戦いに勝利していく必要がある。現代に生きるクリスチャンが、試練や誘惑にあうとき、内住の聖霊にゆだねることなしに、ほんの少しも抵抗できない現実を忘れてはいけない。

ライシュのシドン人

September 15 [Mon], 2014, 0:55
五人の者は進んで行って、ライシュに着き、そこの住民を見ると、彼らは安らかに住んでおり、シドン人のならわしに従って、平穏で安心しきっていた。この地には足りないものは何もなく、押さえつける者もなかった。彼らはシドン人から遠く離れており、そのうえ、だれとも交渉がなかった。(士師記18:7)

 ライシュのシドン人は、同族のシドン人の町から遠くはなれたところに、町を形成した。そこは豊かな土地であり、すべて自給自足で暮らしていた。彼らにとって、脅威となる敵は存在しなかった。イスラエルのダン部族によって滅ぼされるまでは。彼らは、平穏で安心しきった生活をしていた。

 彼らは、同族のシドン人から遠く離れており、また、周囲の人々と交流をしていなかった。したがって、突然、敵に襲われても、誰にも助けを求めることはできなかった。危機管理ができておらず油断しきっていたため、ダン部族の六百人の兵士に、たやすく滅ぼされてしまった。(士師記18:27-28)

 ライシュのシドン人と、現在の平和ボケで油断しきった日本人との間に、共通点があるような気がする。右利きの人たちの中には、隣国の指導者を批判し、国民性を蔑み、友好的な交流を快く思わない人がいる。左利きの人たちの中には、集団的自衛権の行使に反対という立場を一歩も譲らない人がいる。どちらにしても、日本周辺の国々と距離をとり、同盟国との協力関係を発展させない考え方は、ライシュのシドン人と共通する点があるように思う。日本だけ平和であればいい、豊かであればいい、という考えは、もはや通用しないだろう。

 国際社会で、永遠の中立を目指すにしても、それなりのリスクを覚悟する必要がある。どちらかの陣営に深く関与すれば、当然暴力的応酬の渦に巻き込まれる可能性は拡大する。国の舵取りを任された政治家は、国民の安全と国益を守るため、国際情勢を的確に見極め決断をしていかなければいけない。その点で、現政権が大きく判断を見誤っているとは思わない。今後は、志高く政界に進出した若きリーダーの活躍に大いに期待し、五十年後、百年後、安心して暮らせる国づくりをしていただきたいものだ。

未来の子どもたちへ、私たちは何を残してやれるだろうか
GIFT FOR CHILDREN
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