こわれた水ため 

August 03 [Mon], 2015, 15:21
わたしの民は二つの悪を行った。
湧き水の泉であるわたしを捨てて、
多くの水ためを、
水をためることのできない、
こわれた水ためを、
自分たちのために掘ったのだ。
(エレミヤ書2:13)


「私は生まれながらにして罪人であり、そのことに目が開かれ信仰を持ったものの、自分が本当に救われているか不安だ。」というクリスチャンは多いのではないだろうか。実際、私もそうだった。二十年以上、自分の魂が隷属しているのは、罪かキリストか、不安でしょうがなかった。それでも、教会では霊的に充実したクリスチャンを装っていたため、息苦しく、霊的瀕死の状態だった。あるとき、自分自身にこうつぶやいていた。「このままでは死んでしまう。」それから、聖書の読み方が少しずつ変わった。

それまでも、読んではいたが、内心「読んでも理解できない」と考えていて、あまり真剣に読んでいなかった。しかし、自分が霊的に瀕死状態にあることを実感し、そこから抜け出すには、聖書のことばに、神に頼るほかなかった。その切実な思いが、こころの奥底から湧き出るまで、すでに豊かに享受している恵みに、目が閉ざされていたのかもしれない。

私が陥っていた罠について説明すると、私は毎週日曜日教会で礼拝をし、月に一回程度は司会やソングリーダーを任されていた。その奉仕が十年二十年と継続していくうちに、喜びから無感覚に変わっていった。さらに、目に見えない何かに縛られている感覚に陥って行った。それが、ロマ書7:23にある「異なった律法」あるいは「罪の律法」だろう。

あるクリスチャンは、律法主義はいけないと批判し、本来良いものであるはずの律法を悪者にしてしまう。しかし、律法が悪いのではなく、私たちの内に、新生後もしぶとく残っている肉の思い、罪の性質が私たちを死に貶める。律法から解放されているのに、自分自身で異なる律法をいつのまにか作り上げ、それに仕えている。私は、毎週日曜は教会に行く、熱心に奉仕する、わからなくても聖書を読む、アルコールを口にしない、偶像にささげられた食物は食べない、などなど、それらが聖書のおしえと守ってきた。聖書は本当に、そうおしえているだろうか。

「人はうわべを見るが、主は心を見る。」(1サムエル16:7)、とあるように、神はうわべだけの行動をよろこばれない。その行動の動機が何かを見ておられる。健全であればよろこばれ、ちがえば悲しんでおられるかもしれない。熱心に仕えているのに、悲しまれるとは?なぜ?それは仕える対象が神ではなく、自分自身にだからだ。ちがう表現をするなら、神を神とせず、自分自身を神とし、王として君臨させている、ということだろう。

冒頭に引用したエレミヤ書には、尽きることのない湧き水にたとえた神を求めず、たまるはずのないこわれた水ためを、いくつも掘っていると書かれてある。律法主義を批判するクリスチャンが自ら異なった律法をつくりそれに隷属する。偶像礼拝を批判しながら、神を神とせず、むしろ自らを神としてしまう。私自身が、まさにそのようなものだったと、今になりはっきりと示された。

何が悪いのだろうか?律法?日曜礼拝?清い生活?仏像?いや、そういうことではない。悪いのは、私の内にしぶとく残っている「罪の性質」だ。私たちは、日々その肉のおもいとたたかっていることを、よくよく認識する必要がある。そのたたかいに負けると、簡単に罪の奴隷になってしまう。しかし、分かりにくいのは、その悪い実が、一般的にクリスチャンにとって、とても麗しい良い行動であることもある。

「自分は良いことをしている。神はよろこばれているはずだ。だけど、こころの内に平安が無い。」そういう熱心なクリスチャンは、自分の熱心さはどこから来るのか、誰のためか、一度立ち止まってチェックする必要があるだろう。私の場合は、二年以上教会の奉仕から離れ、ゆっくりみことばと向き合う時間が与えられた。ひとりになり、神に聞くように祈り、少しずつ目が開かれた。立ち止まることが、これほど意味があるとは思わなかった。こんどいつか、「聞く祈り」について書いてみよう。

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